谷多気功の日々雑感

張式気功(高級気功師)が、日々思ったことを書き連ねるブログ

コ○ナ禍に想うこと

コ○ナ禍を乗り越えていくために

コ○ナ禍が未だ世界各国において続いています。

この騒動が発端となり多大な経済的損失と、何より多くの貴重な人命を失う結果となりました。

しかしながら残された人間は今後もコ○ナと戦い続け、そして生き延びなければなりません。第2波第3波の懸念もありますが、我々は次に来る試練を何としてでも乗り越えていく必要がるのです。

方法論よりも目的

昨今、コ○ナ対策として様々な手法がインターネット上に散見されますが、その有益性の判断について非常に悩ましいところではないでしょうか?個々によって作用はマチマチでありますし、そもそもその情報が真実なのかデマなのか、ネット越しでは判りかねるでしょう。したがって全ては個々の判断に頼っていくしかありません。

とはいえ、信ぴょう性よりも重要なのは第一義的に"目的"であり、それも「感染しなければ良い」程度のものではなく「今まで以上に高健康を維持する」という高レベルに設定した方がむしろ丁度良く、達成するのであれば方法論は何だって良いのではないでしょうか?

後追いの化学

科学的と言われていることは、=「事実の後追い」です。

事実が科学で証明され初めて「科学的」と呼ばれるのであって、事実自体は綿々と過去から存在しているものなのです。

であるのならば、現時点で非科学的と烙印を押されているものであっても、効果が出るのであれば目的達成のためには大いに利用していけば良いと思います。

科学的、非科学的なものは、ただそこに「自己責任論」があるかないかの違いなだけです。

全ては自己責任

非科学的なものは間違いなく自己責任を負うことになりますが、(もちろん科学的なものであっても責任を他者に押し付けられるのかという点については大いに疑問が残ります)巡り巡って考えると、結局のところ世の中の森羅万象は自己責任にたどり着きます。

仮に、自分に一切の過失がない事故で大切な肉親を失ったとしても、金銭は保険等で手元に入るかもしれませんが、かけがえのないものは永遠に戻ってきてはくれません。

他者が責任を取れる事物は一切なく、釈迦の言う"諸行無常"であり、この世で変化しない物は何もないという、宇宙規模の大きな流れの中で自己責任を貫いていくしかありません。

僕は"気功"による恩恵を大いに受けています。相変わらず高健康ですし、この時期においてさらに一段上へ上がった感覚すらあります。

気功以外にも様々な非科学的と言われる民間療法がありますが、どれを選ぶかは自分次第。

是非とも自分で納得する何かを見つけ、これからの困難に立ち向かっていきましょう。

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気功と音楽は似ている

音楽は情報的価値

現代社会では、物理的なものよりも、情報的なものに高い価値がつけられる傾向にあります。

物理的なものが手に入らないという状況は今では滅多にないですし、100均で何事も事足りてしまう時代です。非常に便利ではありますが、逆にそれで満足する人も少ないでしょう。

昭和以前とは違います。今人々がお金を払う対象は間違いなく情報です。

分かりやすい例で言えば音楽。

何でも良いのですが、例えばピアノの名曲幻想即興曲をコンピューター音源で聴く場合、音大生の演奏、プロの演奏家、そのどれもが物理的に同じ音を聞いているという共通点がありますが、そこに払う対価は全く異なります。

厳密に言うと倍音構成などは違うでしょうが、それを差し引いた上で同じ楽譜を奏でているのにも関わらず価格が異なるのは、音楽に「情報価値」の差があるという証明ではないでしょうか。

さらに言うならば、同じプロの演奏家が同じ曲を演奏するコンサートであっても情報価値に差が出る。

もちろんテクニックの差もあるのでしょうが、やはり演奏家の価値観、たどってきた人生、人柄等がそっくりそのまま曲に乗せられいているのであって、聴衆は音ではなく、音の背景にお金を払っているという事です。

物理的価値は現代では不要?

料理も同じです。

味の善し悪しというのは、今では化学調味料等で大抵ごまかすことが出来てしまいますし、もし差をつけるのならば店の雰囲気、盛り付けの色彩感、店員の接客などの要素を用いるべきでしょう。

店内に流れるBGMに工夫をこらすのも良いかもしれません。

そして、もし料理の味がまずかったとしても、アイドルグループの誰かが作ったものを食べられるレストランがあるとしたならば、ファンは間違いなく大金を払うはずです。

そうなると、むしろ物理的価値なんてものはどうでも良く、情報的価値だけを徹底的に追い求めているのが現代人だと言っても過言ではないと思います。

日本で食糧危機が起きるということはまず考えられません。つまり情報的価値が今後ますます重要視されるという傾向は強まってくるでしょう。

そこで気功の出番です。

気功は相手に手を触れることもありませんし、何なら距離も関係ありません。

重要なのは「情報」一点のみです。

外気療術=演奏

情報を共有する手段は、文字媒体、音声、視覚など色々ありますが、それらがダイレクトに脳内へ届くという事は滅多にありません。

本をたった一度だけ読んでも、何となく分かった感じがしているだけで数日後にはほとんど忘れてしまうものですし、情報を脳内へ確実に埋め込むには、やはりそれなりの技術や手段が必要です。

音楽には「感動」というものがありますが、優れた演奏家(テクニックではなく、高い情報的価値を持ち合わせていて、その伝達手段が上手)であれば、記憶に確実に残ります。

演奏会の様子を思い出しただけで、会場の雰囲気、匂い、そして気持ちの高揚までもがフラッシュバックするようであれば、卓越した情報伝達能力の演奏家によるパフォーマンスだったということでしょう。

その点、演奏家気功師は似ていると思います。

施術中の感覚は、個人的な感覚ですが、まさに演奏表現そのもの。

徹底的なリラックスと徹底的な集中、そしてクライアントとラポールを構成した上で必要な情報を流し込むという流れは、まさに「演奏」といっても差し支えないでしょう。

したがって良い施術というのは、良い演奏と同じく確実にクライアントの脳内に情報が組み込まれているはずです。

なるほど、自分で書いていて妙に納得してしまいました。

外気療術と演奏は、ほぼイコールの情報伝達手段かもしれませんね。

「日々雑感」なので、読者の方のお役に立っているかは分かりませんが、今後とも当ブログをよろしくお願い致します。

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病の縁起

おにぎりは無限

今日は「縁起」について書きたいと思います。

「縁起が良い」「縁起が悪い」ともに日常用語としてよく使われるワードですが、元々これらは仏教用語です。

「縁起」は釈迦が発見した概念で、「全ての事物は他の何かとの関係性によって成り立っている」という事を明確に言い得ており、宇宙の仕組みを科学技術など一切使わずに解き明かした凄さには、ただただ驚きです。

実際に身近にあるものを観察してみると、そのどれもが「縁起」によって存在していることが分かると思います。

例えばおにぎり

まずお米は必需品ですが、それに海苔と塩。あとは梅干しなどのおかずが付きます。

これらの物が組み合わさり、お互いの関連性によって「おにぎり」という概念が成り立っているのですが、さらに元を辿ると「お米」であれば農家、種子、肥料、鍬などの農機具、益虫、水、天候など。挙げればまだあるでしょうが、思いつく限りこの位でしょうか。

さらにそこから関連性を深掘りすると、「農家」であればお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、親戚、子供たちなど。考え始めるとキリがありません。

このように、おにぎりひとつ取っても数え切れないほどの「縁起」があり、一つ一つの関連性を紐解いていくというのは一種のロマンですし、無限を実感できる方法の一つでもあります。

情報にも縁起が

「おにぎり」のような物体でなくとも、縁起は存在します。

感情等であれば、「嬉しい」といったものです。

理由なしに「嬉しい」という事は滅多には起こりません。(もしあるとるならば、大変幸せな人と言えます)

嬉しくなった背景を考えると、例えば「昇給した」「テストで100点とった」「告白成功!」などの、過去に起こった出来事が背景において関連しているはずです。

「悲しい」であれば、「転校することが決まった」「財布を落とした」「フラれた」といったものでしょうか。

感情にも縁起がありますし、全ての事物は縁起によって起こるのですから、当然「病」にも縁起が存在するという事になります。

「胃痛」であれば、食べ過ぎ、飲み過ぎ、睡眠不足、物理的ダメージ等ですね。

ここで止まらずに縁起を突き詰めると、「食べ過ぎ」であれば、人間関係のトラブル、食欲の秋、臨時収入が入って懐が温かいなどかもしれません。

施術において病の縁起を考察するということは、絶対に必要です。

絶大なサポート力

胃痛であれば、単に痛みだけにコミットするのと、人間関係のトラブルにまでコミットするのでは、どうしても両者の結果は異なります。

縁起の浅い部分で行う施術でも効果は上がりますが、深い部分にまで入り込む場合においては、施術者のみならず被験者自身も本質的な原因を意識し始めますから、当然のことながらその効果が高い場合が多いです。

そもそも、病というものは患者自身の治癒力が最も重要で、他者がアレコレする様なものではありません。気功というのは明らかな「サポート」であり、気功師が癒しているのではなく、被検者自身が癒しているという認識はお互いが持っているべきでしょう。

とはいっても、張式は秘伝功ですから、そのサポート力というのが絶大なことは間違いありません。唯一無二だと思います。

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皆様に、幸せな縁起が訪れますように!

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